何でも雑記
20年ぶりの夏山合宿でした!(終)
昨日(7/26)の夕食作りの際に突然の悪寒と発熱があり、
自分だけ先に自分のテントに閉じこもって寝させてもらいました!
この時は本当に落ち込みました。
もう引率は出来ず、しばらくこのテント内で隔離?
もしかしてヘリで搬送?
メンバーだけでなく現地の方たちにも迷惑をかけてしまう・・・
こんなサイテーなことってあるかっ!!
ところが、翌朝は何の症状もなく、平熱に戻っていたんですね!
ただ身体のいたるところに虫刺されの跡があり、かなり強い痒みがしばらく続きました。
マダニに噛まれたようなんです。
(あと2日抗生剤ビブラマイシンを飲むよう言われています。)
さてさて、熱が下がったので、何とかメンバーと一緒に下山出来ることになりました!
皆と一緒に朝食の焼きそばを作り、美味しくいただきました!
念のため、帰路の歩行でも自分はマスクを着け、いつものしんがりを押す役目を引き受けました。
さあ、再び至仏山の方へ向かって尾瀬ヶ原を進みます。
やっとこのビュースポットで写真が撮れました。
池塘に燧ケ岳が逆さに写って見えるので「逆さ燧」ですね!
昨日の至仏山頂へのルートが一望出来ました。
尾瀬ヶ原の西端山の鼻付近で数名の歩荷(ボッカ)さんに出会いました!
荷が多い時は100kg近くの重さになるとか!
彼らは給金をもらっているとは言え、これは大変な仕事です!
私たちの登山が、こういう方々に支えられていることを忘れないようにしたいものです。
このあと、他のメンバーは温泉と食事のため「望郷の湯」で大休止。
自分は念のため、挨拶をしてから先に帰路につきました。
本当に久しぶりの尾瀬は、ちょっぴりですが観光地化されているように感じました・・・
もちろん、自然を守る工夫もいたる所に見られました。
いつまでも「 遥かな尾瀬 ♪ 」であり続けて欲しいと願っています!!
20年ぶりの夏山合宿に出かけたんですが・・・(4)
今日(7/26)は今回の合宿のメイン、至仏山を登ります。
見晴からの往復になるので、当初の予定より6時間ほど長い行動時間を見込んでおかなければなりません。
見晴にはあと1泊するので、テントは張ったままにして5時出発です。
早朝の尾瀬ヶ原はたとえようのない素晴らしさです。
30年前は、山の鼻からの直登ルートは登山道とその周辺の保護のため通行不可になっていました。
近年はこのルートを登りのみ通行可としたようです。
山の鼻からはほぼ直登が続きます。
振り返ると歩いてきた尾瀬ヶ原が眼下に!
日頃のトレーニング、もうちょっとやっとかないとなぁ・・・
登っている時の余裕があまりありません・・・
登り口から3時間半
至仏山山頂標高2228メートルです。
ここで大休止、昼食タイムです!
まずは、水をゴクゴクゴク・・・!
最高にうまいッ!!
食事はパンとキュウリをかじってお菓子を食べるくらいなんですが、これがまた至福のひと時!
帰着時刻も気になるので、小至仏山経由で鳩待峠を目指して出発です。
、
至仏山から降りてきました。
この後、再び尾瀬ヶ原をひたすら歩き、見晴に着いたのは18時過ぎでした。
今日の行動時間は13時間超!
中々ハードでしたね。
そして、夕食時にちょっとした事件(自分のことですが)があったのはこの前に書きました。
最終日の写真がまだちょっとあるので、次回最後の報告をしたいと思います。
20年ぶりの夏山合宿に出かけたんですが・・・(3)
戸倉から2本目のバスに乗り換えようとした時、
予定していた山の鼻キャンプ場が急に閉鎖されていたことが分かりました!
こうなったら、予定の山に登るためには近くの別の天場(キャンプ場)を探して今日中に到着しなければなりません。
それが出来なければ、この夏山合宿は中止にしないといけないんです。
計画書を提出しているので、他の山には登れません。
上は尾瀬ヶ原の地図ですが、
鳩待峠から予定通り山の鼻に降りて、そこから2時間歩けば見晴の天場に到着できます。
翌日至仏山に登るには、この手しか無さそうです。
到着は17時半ごろになりそうなので、鳩間峠でバスを降りるとすぐに現地を目指しました。
至仏山を背にして見晴を目指します。
前方に見えるのは、これも百名山の一つ燧ケ岳です。
池塘が点在しています。
途中、竜宮にある山小屋です。
ここを出発した直後、何とクマに遭遇!!
少し距離があったんですが、相手を刺激しないよう静かに様子をうかがいました。
自分はしんがりを押していたのでクマの体は見えなかったんですが、生徒は確かに見たそうです。
笹薮がガサガサと動いていく様子だけは見えました!
危険はなかったんですが、ついに初めての経験をしてしまいました!
この笹薮の中でした。
さあ、目的地がようやく近づいてきました!
ここには山小屋だけでなく、整備された天場もあります!
お疲れ様!!
テントを設営して、暗くならないうちに早く夕食を作ろう!
美味しい夕食も出来、ミーティングのあと無事20時半には就寝となりました。
2日め以降は次回に書きます。
はるか昔に面倒を見てくれた人
皆さん
はるか昔に面倒をみてくれた人は、
はっきりと変わらない姿で皆さんの心の中に居続けているんじゃないでしょうか?
最後に別れた時の歳のままで。
例えば、小学校時代の担任の先生です。
北九州小倉での自分が小6の時の担任の先生は、
黒ぶちのメガネ、ちょっと小太りで、いつもニコニコしていました。
とても優しい先生でしたが、ゲンコツをもらったこともありました。
小学校を卒業して以来、この加来先生とは一度も会っていないのですが、
自分の心の中には、ニコニコして元気そうで、あの頃の年齢のままで居続けてくれているのです!
全く歳をとらずあの頃のままで!
加来先生は今お元気でいらっしゃるだろうか?
とふと考えたりするんです。
現実的には、今80代、90代の年齢でしょう。
ああ、もしかすると、もういらっしゃらないかもしれない・・・
そう考えるとたまらなく辛くなってしまいます。
だから、「いや、先生は今も元気でいらっしゃるはずだ!」と強引に思い直してしまうんです。
風のたよりで「~先生、亡くなられたんだよ」と聞くことは本当に辛いです。
自分の心の中にはいつまでも笑顔で元気な昔のままの先生が居るんですから・・・
元気さが失われていくのを目の当たりにするのは本当に辛い。
それは生命が徐々に力を失っていくということです。
自分は小綺麗なものより、元気なもの活力あるものの方にとても強く惹かれます。
音楽においても、少なくとも自分の感じ方はそうなんです。
生命力を失わないで欲しい!
いつまでも明るく元気でいて欲しい!
自分がいつもこのことに強くこだわるのは、自分なりの理由があるようなんです。
深夜、義母の入院先から呼び出しが・・・
今朝1時に病院に出向きました。
義母は処置の最中でした。
処置が終わって妻が主治医から説明を聞き、病院を出たのは5時過ぎでした。
誰にでも必然なことなのですが、人の元気が失われていくことはどうしても受け入れがたいのです。
今、お義母さんは一生懸命に闘っているはずです。
頑張っているはずなんです。
本来なら付き添い続ける状況なんですが、コロナ禍でそれが一切出来ません・・・
妻と共に祈り続けています。
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