音楽日記
二人の指揮者 文字通り命をかけたウクライナ人と、私欲を捨てられなかったロシア人
ウクライナ人の指揮者ユーリ・ケルパテンコ氏が、ロシア兵に射殺された。
彼は、紛争開始以来占領されているウクライナ南部の都市ヘルソンで、
「占領軍への協力を拒否した」ために、
自宅でロシア兵に射殺された。
ロシア側は、
ヘルソンにおける、自称『平和な生活の回復』のデモンストレーションとして、
オーケストラコンサートを利用したかったのだ。
しかし、ケルパテンコ氏は、
「占領軍との協力をきっぱりと拒絶した」
ケルパテンコ氏は、1976年ヘルソン生まれ。享年46歳。
1991年にへルソン音楽学校に入学し、
在学中、民族楽器の演奏家による地方および国のコンクールで受賞を重ねた。
2000年、キーウ国立音楽アカデミーのアコーディオン科を、
2004年には、オペラ・交響楽指揮科を卒業。
ヘルソン音楽・演劇劇場の首席指揮者を務めていた。
国際的に派手なキャリアではないが、
地元の伝統楽器を愛し、地元の芸術の発展に貢献するという、
生まれ故郷のために働いた音楽家だった。
ヘルソン地域は、
かつてクリミア半島やザポリージャ地域と一緒に「タヴリダ」と呼ばれる、
独自の歴史をもつ土地だった。
戦争が始まる前、
ヘルソンに住み音楽を愛した人の中には、ロシア語話者やロシア人もいたはずだ。
もちろんタタール人や他の人たちも。
ヘルソン音楽・演劇劇場が彼らを排除していたとは、とても思えない。
しかし戦争で、
ヘルソンは銃弾と砲撃に踏みにじられ、分断されてしまった。
ケルパテンコ氏は、侵略者のプロパガンダの手先になるのを拒絶して殺された。
ウクライナの敵国ロシアに、対照的な指揮者がいる。
今年10月13日、
ロシアの指揮者ヴァレリー・ゲルギエフが、
スウェーデンの王立アカデミーから追放された。
「現在ウクライナを攻撃しているロシア政府と緊密に連携している」
ということを理由に、
スウェーデン王立音楽アカデミーから除名された。
ゲルギエフ氏は、プーチン大統領と親しいことで知られている。
モスクワで生まれ、現サンクトペテルブルクでキャリアを築いた人物だ。
2014年のクリミア併合の際には、
いち早く支持を表明し、ロシアの世論に影響を与えた。
また、2012年の大統領選では、
プーチン陣営のテレビCMにも登場し、支持を呼び掛けていた。
ドイツのミュンヘン・フィルで主席指揮者を務めていたが、
すでに解任されている。
フランス、イタリア、アメリカ、オランダなど、欧米のコンサートホールからすでに
「ペルソナ・ノン・グラータ(好ましからざる人物)」として扱われていた。
タス通信によると、彼は6月16日、以下のように発言したという。
「私はマリインスキー劇場の責任者」であり、
「マリインスキー劇場には多くの若手演奏家がいるが、
その人たちに時間を割くことができるようになりました」
ウクライナ戦争については、彼はノーコメントを通している。
ミュンヘン・フィルは、
「プーチン大統領に対して、公に距離を置くように」
という要請をしたのに、彼から返事がなかったため、解任したのだ。
ちなみに、
ボリショイ劇場の音楽監督兼首席指揮者を務めるロシア人のトゥガン・ソヒエフ氏は、
同じ状況に置かれているのに、まったく別の選択をした。
フランスのトゥールーズ・キャピトル国立管弦楽団の音楽監督でもあった彼は、
やはり、ウクライナ侵攻に対する態度表明を迫られた。
そして
「最愛のロシアとフランスの音楽家たちのどちらかを選ぶ」
という不可能な選択を迫られたために、
ボリショイ劇場もトゥールーズのほうも、両方辞任したのである。
今年3月のことだった。
2022年4月、
反骨の反体制ジャーナリスト・アレクセイ・ナヴァルニー氏のチームが、
マリインスキー劇場の若い才能を支援するはずの音楽家名義の慈善基金を通じて、
ゲルギエフ氏が資金流用を行っていたという調査結果を発表した。
慈善基金自体は、
国営企業から4年間で約40億ルーブル(約3800億円)の寄付を受けている。
ゲルギエフ氏は、
その口座を個人の財布として、レストランへの旅行、高級酒や葉巻、飛行機代、医者代、光熱費など、あらゆるものの支払いに使っているという。(!)
また、ゲルギエフ氏は、外国にも1億ユーロ以上の資産を、多数所有しているという。
しかし、これらの財産はすべてゲルギエフ氏の申告書に記載されていないというのだ。
今、若手の教育に本当に時間を割けるというのなら、
ぜひきっちり3800億円分行って欲しい、と言うべきである!
政治と芸術
この問題をどのように咀嚼するべきだろうか。
人々は、才能ある有名な人々の生きざまを、よく見ているものだ。
特に戦時の今は、
人々が良心に従って芸術家を非難し、疎外することは当然あり得る。
たとえ非難され排斥されても、
40年以上経てば、
もし芸術家に本物の才能があり、人々が同情できる隠されていた理由があったり、その難しい立場に理解を示したりできるような要素があれば、
彼らは再評価を受けるだろう。
非難された出来事の当時に若かった芸術家なら、
その後の生き方も人々は見ているだろう。
埋もれてそれっきり、ということはないだろう。
才能がある人に甘くなる気持ちだってあり得る。
でも、どんなに才能があるからといって、
非人道的なことをして良いという理由にはならない。
ルネサンスの時代の昔から、この人間の掟は変わっていない。
才能があるなら許されると思っているなら、それは思い上がりであると思う。
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