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野村克也さんが残して下さったもの

昨日2月11日未明、野村 克也さんが亡くなられました。

昨日は休日だったので、野村さんの生前のインタビューや語録とかが放送されているのをかなり観ることが出来ました。

そんな彼のインタビュー会見の中で、思わずハッとさせられるものがありました。

 

「自分をこれまで支えてきたのは王や長嶋がいてくれたから。

彼らは常に人の目の前で華々しい野球をやり、こっちは人の目の触れない場所で寂しくやってきた」

そして言ったんです。王、長嶋がヒマワリなら、俺はひっそりと咲く月見草だと。

 

この言葉は、彼が1975年に600号本塁打を達成した当時に語ったコメントなんですが、

自分が映像で観たのは、この5年くらいの中で彼が当時を振り返って語っていたシーンでした。

語り終わった瞬間、改めて彼の表情を見つめたんですが、その表情が心に突き刺さるようでした。

語り終わった彼の表情に笑みは全く無かったんです。

これだけの偉業を成し遂げた方なのに、このことは懐かしい過去なんかではないんですね。

これらの現実が、いかに寂しかったか。いかに悔しかったか。

そして、この現実に対する悔しさをバネにしてずっと戦ってきたんです。

野村さんの朴訥で真っすぐな、そして飾ることのない語り口に人間らしい熱い心を余計に強く感じたのでした。

当時の、そして今も同じ状況かもしれませんが、世の中の巨人偏重の構図に対して、大学1年生だった自分は突然強い疑問を感じ出したことが忘れられません。

このことについては、いずれ書いてみようと思っています。

 

今日は、野村克也さんの語録をぜひ紹介したいと思い、いくつか抜粋させていただきます。

じっくり、読んでみて欲しいんです。

 

・「どうするか」を考えない人に、「どうなるか」は見えない。

 

・楽を求めたら、苦しみしか待っていない。

 

「もうダメ」ではなく、「まだダメ」なのだ。

 

・貴い知識・本質はいつの世でも、本来、単純明快である。

 

・「恥ずかしい」と感じることから進歩は始まる。

 

・ちっぽけなプライドこそ、その選手の成長を妨げる。

 

・失敗の根拠さえ、はっきりしていればいい。それは次につながるから。

 

・敵に勝つより、もっと大事なことは、常に自分をレベルアップすること。

 

・有事に強い者、それは不真面目な劣等生。

 

・自己を過大評価した瞬間から、思考の硬直が始まる。

 

・不器用な人間は苦労するけど、徹してやれば器用な人間より不器用な方が、最後は勝つよ。

 

・喜怒哀楽、どれも溢れるほどあったほうがいい。(今の自分が、一番好きな言葉です)