日本は100年前のパンデミックをどう乗り越えたのか?
1918年「スペイン風邪」が日本に上陸
当時、日本の報道でのスペイン風邪の俗称は「流行性感冒」である。
日本に於けるスペイン風邪流行は「前流行」と「後流行」の二波に分かれるという。
「前流行」は1918年の感染拡大。「後流行」は1919年の感染拡大である。
どちらも同じ型のウイルスが原因であったが、現在の研究では「後流行」の方が致死率が高く、この二つの流行の間にウイルスに変異が生じた可能性もあるという。
このスペイン風邪によって、最終的に当時の日本内地の0.8%強に当たる45万人が死亡した。
・「スペイン風邪」の凄惨な被害
「前流行」と「後流行」の二波による日本でのスペイン風邪の大流行は、各地で凄惨な被害をもたらした。
<東京朝日新聞>
発病後直肺炎を併発するので死亡者は著しく増加し、各病院は満杯となり、新たな「入院は皆お断り」の始末であった。
<岩手県盛岡市>
当地を襲った流行性感冒は、市内の各商店、工業を休業に追いやり、多数の児童の欠席を見たため、学校の休校を招いた。
厨川小学校で死者を出し、さらに岩手日報では「罹患者2万を超ゆ 各方面の打撃激甚なり 全市困惑の極みに達す」との見出し
・「スペイン風邪」に当時の政府や自治体はどう対処したのか
さて、肝心なのは当時のパンデミックに日本政府や自治体がどう対応したかである。
結論から言えば、様々な対処を行ったが、根本的には無策だった。
なぜならスペイン風邪の病原体であるウイルスは、当時の光学顕微鏡で見ることが出来なかったからだ。
人類がこのスペイン風邪のウイルスを分離することに成功したのは、流行が終わって15年後であった。
当時の研究者や医師らは、このパンデミックの原因を「細菌」だと考えていたが、実際にはウイルスであった。
当時の人類は、まだウイルスに対し全くの無力だったのである。
それでも、政府や自治体が手をこまねいたわけではない。
今度は内務省を中心に当時のパンデミックに対し、公的機関がどう対処していくのかを見てみよう。
1919年1月、内務省衛生局は一般向けに「流行性感冒予防心得」を出し、一般民衆にスペイン風邪への対処を大々的に呼びかけている。
驚くべきことに、当時の人々の、未知なる伝染病への対処は、現代の新型コロナ禍における一般的な対処・予防法と驚くほど酷似している。
以下抜粋。
<どうやって伝染するか>
はやりかぜは主に人から人に伝染する病気である。
かかった人が咳やくしゃみをすると細かな泡沫が周囲に吹き飛ばされ、それを吸い込んだものはこの病にかかる。
<かからぬには>
①病人または病人らしい者、咳する者に近寄ってはならぬ
②たくさん人の集まっているところに立ち入るな
③人の集まっている場所、電車、汽車などの内では必ずマスクをかけ、それでなくば鼻、口を「ハンカチ」手ぬぐいなどで軽く覆いなさい
<かかったなら>
①かぜをひいたなと思ったらすぐに寝床に潜り込み医師を呼べ
②病人の部屋はなるべく別にし、看護人の他はその部屋に入れてはならぬ
③治ったと思っても医師の許しがあるまで外に出るな
基本的には「マスク着用」「患者の隔離」など現在の新型コロナ禍に対する対処法と同様の認識を当時の政府が持っていたことが分かる。
現在の新型コロナ禍と全く似ていて、マスクの生産が需要に追い付かなかったという。
・100年前も全面休校
各自治体の動きはどうだったか。
とりわけ被害が激甚だった神戸市では、市内の幼稚園、小学校、中学校等の全面休校を決めた。
1919年には愛媛県が県として「予防心得」を出した。
人ごみに出ない、マスクを着用する、うがいの励行、身体弱者はとりわけ注意することなど。
学校の休校や人ごみの禁忌など、これまた現在の状態と重複する部分が多い。
そしてこれもまた現在と同じように、各地での集会、興行、力士の巡業、活劇などは続々中止か、または閉鎖されていった。
・パンデミックの終息
このようにして、日本各地で猛威を振るったスペイン風邪は、1920年が過ぎると自然に鎮静化した。
なぜか?
それはスペイン風邪を引き起こしたH1N1型ウイルスが、日本の隅々にまで拡大し、もはやそれ以上感染が拡大する限界を迎えたからだ。
そしてスペイン風邪にかかり、生き残った人々が免疫抗体を獲得したからである。
ヒト・モノが航空機という、船舶よりも何十倍も速い速度で移動できるようになった現在、新型ウイルスの伝播の速度はスペイン風邪当時とは比較にならないだろう。
このような状況を鑑みると、100年前のパンデミックと現在で採るべき方針はあまり変わらないように思える。
すなわちウイルスの猛威に対しては防衛的な姿勢を貫き、じっと私たちの免疫がウイルスに打ち勝つのを待つ。
実際にスペイン風邪はそのようにして終息している。
・100年前もデマや流言飛語
スペイン風邪当時の日本でもデマや流言飛語が生まれたが、現在ですらも「60℃近いお湯を飲めば予防になる」などの根拠なき民間信仰が出回ってしているが、人間の恐怖の心理は時代を超えて共通しており、当時も様々な混乱が起こった。
人間の心理は、100年を経てもあまり進歩がないという側面をもさらけ出しているように思える。
どうあれ、私たちはスペイン風邪を乗り越えていま生きている。
デマや流言飛語に惑わされず、私たちは常に過去から学び、「スペイン風邪から100年」という節目に現出したパンデミックに落ち着いて対応すべきではないか。
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