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「プーチンの戦争」 終わらせる力はひとえにそれと戦う市民にある

 ロシア出身の歴史学者であり哲学者である朴露子(パク・ノジャ)ノルウェーオスロ大教授が、プーチン政権の誤った判断が、旧ソ連地域の未来に持たらす危機を展望する緊急寄稿を寄せた。

 

 韓国現代史において有名な部分が一つある。

第2次オイルショックにともなう物価暴騰、低賃金に依存してきた高速成長が露呈した構造的貧困、維新政権の暴政などによって

1979年10月16日に立ち上がった釜山と馬山の市民を、

朴正煕は軍事的暴力で鎮圧しようとした。

部下たちと議論する席で、あろうことか、自ら軍隊を送り発砲命令を下すと厳命するほどであった。

超強硬論を支持した警護室長のチャ・ジチョルは、

「カンボジアで300万人を殺しても何ともなかったのですから、われわれもデモ隊員200万人を殺してもどうということはありません」と、信じられないおぞましい発言もはばからなかった。

言ってみれば、すでに現実感覚を失った独裁者とその奸臣は、

あえてジェノサイドも辞さないという立場だった。

このままでは韓国の支配体制全体が一瞬で崩れかねないことを看破した中央情報部長のキム・ジェギュは、

支配層の「自己保身」のために本人だけの幻想の中で生きていた独裁者とその一部の奸臣をその場で「除去」した。

「数百万人」が死ぬという悪夢はこのようにして回避された。

 

 

 独裁者が現実感覚を失うメカニズムは単純だ。

追従を通じて自分の地位の保全や昇進を狙う部下たちは、

チャ・ジチョルのように主人が聞きたがる言葉ばかりを発し続ける傾向がきわめて強い。

その間に独裁者は、状況に合う適切な決定を下すに足る「客観的資料」を提供されず、

かくのごとく一世一代の失策を犯したりする。

朴正煕もそうしてついには部下の銃によって死んだ。

 そして、プーチンも今や手を引くことがかなり難しい泥沼に陥ってしまった。

 

 

 すべての東スラブ人を潜在的なロシアの愛国者として取り扱い、

ベラルーシやウクライナの独立的アイデンティティを否定する大ロシア民族主義を盲信するプーチンは、

ロシアの軍隊が、少なくともドニエプル川の東側のウクライナで「解放軍」としてもてなしを受け、

ウクライナの親米政権はすぐに亡命し、

戦争を速戦即決で終わらせられるだろうと、最初は信じていたようだ。

プーチンのヘゲモニー的民族主義の濃度をよく知る彼の部下たちは、

彼にもっぱら「ロシアを心ひそかに愛するウクライナの人々の胸の内」だけを話した。

こうしたロシア支配集団のイデオロギー的自己陶酔の結果が、まさに世界史に後々まで残る誤った戦略的判断だった。

 

 

 「解放軍」のもてなしはなかった。

ロシア軍を迎えたのは、火炎瓶と無限の勇気で武装した市民軍だった。

ウクライナ軍の兵士たちは降服より「玉砕」を選び、

非武装の民間人は素手でロシア軍の戦車を止めようとする。

プーチンの想像とは正反対に、彼らの中の相当数は民族的にはロシア人であったり、

普段はロシア語を使うウクライナ人たちだ。

抵抗するウクライナ人の間には、民族や言語などによる葛藤は全く見られない。

民族的にはユダヤ人であるゼレンスキー大統領を含め、数十の民族で構成されたウクライナの住民たちが、今や一つの多民族国民集団を作り上げたのだ。

 

 

 韓国や北朝鮮でも、抗日抵抗の叙事が国民ないしは人民集団の結束を保障するように、

ロシア侵略軍に対する抗戦は、ウクライナ国民を今後も団結させる叙事として位置づけられるだろう。

もちろん、軍事的にはウクライナがロシアに比べ劣勢だ。

およそ1、2か月間で、ロシア軍は大量爆撃と砲撃で、結局ウクライナ正規軍の抵抗を物理的につぶすことはできるだろう。

その間に民間人の犠牲は雪だるま式に増え、

「ウクライナ人の、骨の髄まで深く刻み込まれるロシアに対する怨恨」ばかりが無限に膨らむだろう。

義憤に満ちたウクライナ人民の遊撃戦は、いかなる親ロシア傀儡政権も容易に鎮圧できないだろう。

すなわち、プーチン政権であれ、その後続の政権であれ、

いくらウクライナに対する支配権を追求しようとしても、その支配は常に問題含みで不安定なものだろう。

西側の支持までたっぷり受けて、ウクライナ人の命がけの抵抗は数十年、もしかしたら数百年続くこともありうると考える。

 

 

 私は予言者ではないから、今後ロシア指導部が取る具体的な戦術を予想することはできない。

西側との経済的断絶を含め、戦争に伴う費用支出が行き過ぎだという判断が出れば、

プーチン政権はことによると、ウクライナからクリミア半島の強制合併承認のような一部譲歩を勝ち取った後、軍の撤収を始める可能性もなくはない。

しかし、プーチンのヘゲモニー的民族主義を共有する半分以上のロシア国民がこの戦争を依然として支持していることや、

一部の事業家や金融官僚を除けばロシアの官僚・企業のエリートの中からまだ「早期終戦」をすべきという立場が表明されていない点から見て、

ひとまずロシア指導部が構想する「大きな絵」は、ウクライナとの「適当な妥協」よりは持続的強硬路線を骨格としているようだ。

 

 

 しかし、上に述べたように、

ウクライナ国家が軍事的には敗北しても、

ウクライナ人民の抗争は遊撃戦などの形で明確に持続するだろう。

ロシアの知識人社会は、プーチンの事実上の終身政権と侵略戦争にきわめて批判的であり、

今後生活水準が顕著に低下するだけに、ロシア民衆の抵抗も少なからず起きるだろうとみている。

中国より経済的にはるかに脆弱なプーチンらの「ユーラシア共栄圏」は、

今後ユーラシア大陸で「革命」の中心に浮上する可能性も充分にある。

 

 究極的に侵略と独裁を終わらせることができる力は、

ひとえに自覚し闘争に出た市民にのみあるだろう。

 

 今、ウクライナの市民が侵略に対抗して見せている勇気は、

ロシア人たちにも永らくインスピレーションを与えるだろう。