「悲しみ繰り返さない」 曽祖母の体験に衝撃 平和の詩朗読の亀谷さん
2026年6月23日 20時22分
沖縄戦犠牲者を追悼する「慰霊の日」の式典で、
沖縄県豊見城市立豊崎中学校2年の亀谷琉奈さんが、
平和の詩「生きたいと願った証」を朗読した。
亡くなった曽祖母の戦争体験に衝撃を受け、
当たり前の平和への感謝と「二度と悲しみを繰り返さない」との思いを込めた。
「この傷、どうしたの?」
幼い頃、亀谷さんが尋ねると、いつも笑顔で明るい曽祖母は涙ながらに語り出した。
沖縄・石垣島で生まれた曽祖母は、疎開先で空襲の中を逃げ惑った。
不安と恐怖に追い詰められ、手に取った石を自らの右太ももに何度も突き立てた。
手足は血だらけになり、傷は深く刻まれた。
家族みんなで静かに聞いた。
傷痕は「苦しい中でも生き抜いた証しだ」と感じた。
悲しそうに記憶をたどる曽祖母を見て、それ以降、戦争の話を聞くことはなかった。
「自分もつらくて、聞きたいけど聞けなかった」
亀谷さんが小学校低学年の時、曽祖母は亡くなった。
「ひいおばあちゃんを精神的に追い詰めた戦争は起きてはいけない」
戦争を経験した世代が少なくなる中、
「体験者から話を聞いて、次の世代に伝えていくのが私たちにできることだ」と話す。
「私は忘れない」
詩には語り継ぐ決意を込めた。
「生きたいと願った証」 亀谷琉奈
あの日の沖縄には
青い海も
優しい風もなかった
空は黒く
地面は揺れ
人々の叫び声が絶えなかった
爆撃の音が
心まで壊していく
まだ若かった曽祖母は
小さな体で必死に走った
血だらけの道を
倒れた人たちの横を
もう動かない人を見ながら
涙を流す暇もなく
ただ生きるために
そして
愛する夫の命を案じながら
「お願い 生きていて」
その想いだけを胸に
足がもつれても
呼吸が苦しくても
転びそうになっても
前へ前へと走った
しかし
その願いは
もう二度と届かなかった
その時のことを話す曽祖母の声は
今でもとても優しい
でも 私は知っている
その優しい声の奥に
今も消えない悲しみがあることを
細い足
しわしわの手
小さな背中
長い年月を生きてきたその姿を見るたび
私は戦争の重さを感じる
そして
曽祖母の右足には
今も傷が残っている
それは
戦時中 自分で引っ搔いた傷
灰色の空の下
爆撃の音が鳴り響く
恐怖と不安でいっぱいになり
右手に握った石で
自分の右足を何度も何度も引っ搔く
気づけば手も足も血だらけだった
私が真実を知った時
胸が締めつけられた
どれほど怖かっただろう
どれほど苦しかっただろう
生きたい
死にたくない
その想いだけで
曽祖母は必死に生き延びた
戦争は人を傷つける
体だけじゃない
心まで壊してしまう
家族と笑う時間
友達と過ごす日々
「また明日ね」と言える幸せ
そんな当たり前を
全て奪ってしまう
でもそれは
当たり前なんかじゃない
血と涙の中を生き抜いた人たちが
命を繫いでくれたから
今の私たちがいる
もし曽祖母が
あの日 走っていなかったら
もし
あの日 命を落としていたら
私はここにいなかった
曽祖母の右足の傷は
ただの傷じゃない
「生きたい」と強く願った証
「戦争は二度としてはいけない」
という叫び
私はその想いを
これから先も伝えていく
もう誰にも
血だらけの道を
走ってほしくないから
もう誰にも
愛する人の命が奪われることに
怯えてほしくないから
もう二度と
沖縄の空を戦争で
染めてはいけないから
平和は当たり前じゃない
たくさんの人の涙と苦しみと
「生きたい」という願いの上にある
だから私は忘れない
沖縄戦で苦しんだ人たちを
愛する人を守ろうとした想いを
泣きながら生き抜いた人たちを
そして
曽祖母の右足の傷を
「生きたい」と願った証の傷を
平和な未来へと繋いでいくために